音楽は人を表す。

鹿 市川文太の無駄話

「ねえ父ちゃん。なんで僕達は鹿なのに身体が青いの?」

「うーん。難しい質問やな。わしも若い頃は悩みに悩んでわしの父ちゃん。つまりはお前のじいちゃんに同じ質問をしたもんやけど、分かったのはわしらは只の青ではなしに、こりゃスカイブルーっちゅう奴らしいっちゅう事だけや。」

「スカイブルー…。」

「あと青くてわからんかもしれんけど、実はわしら鹿やのうてガゼルらしいで。」

「え…。」

「まあ青い鹿よりはスカイブルーのガゼルの方がなんとなくカッコエエ気がせえへんか?」

「あ…。でも父ちゃんはなんで関西弁なの?」

「こりゃ去年必死で覚えたんや。上手いもんやろ。」

「ん…。」

「どないした。お前顔が真っ青やで。あ、身体もか。あ、俺も真っ青か。ウヒヒ。おもろいなあ。」
「そうだねお父さん。」

(杉並区某公園にて。)

僕は音楽というのは人の心を表すものだと思うのですが、例えば夜中に鎖を引きずりながら徘徊し、電話ボックスを見つける度に鎖で電話ボックスを粉々に粉砕するような人はきっとゴリゴリのパンクを聞きがちだろうし、ドラムを見ると飛び込みたい衝動に駆られる人はヘビーロックを聞きがちだろうし、何処に行くにもラジカセを担いで行ってしまう人はきっとヒップホップを聞きがちでしょう。

更には人は歳を重ねるにつれ音楽の趣味も移り変わっていくもので、やはり中高生あたりだと流行りものばかり聞いてしまうのは仕方がない事で、ましてや幼稚園児などが「最近ビル・エバンスにはまってんのよね。俺ってJAZZの血が流れてんのかも。小さい頃からピアノやっててよかったわ。」
なんて会話はしない訳です。

と、なんでこんな話をしてるかというと、つい三日前レンタルショップにてCDを4枚程借りたのですが、無意識に借りたいものを選んで家に帰ってからアレレ。と思ってしまったのだけれども、借りてきたのが、バッハ、ショパン、マーチソング集、ユニコーン。

と、実に3枚はクラシックで、私は最近クラシックを聴きがちな独身男性である事に気付いてしまった訳です。

大学生時代はロックンロールを聴きあさり、「ロックって結局ブルースなんじゃねえの。」と訳のわからない結論を打ち立てていた私は今ではスッカリ落ち着いてショパンのピアノに惚れ惚れしておます。

人って変わるんだね。せやね。

夏。

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